アフリカ中東

ピラミッドのある風景

ピラミッド

昔の人々が作り上げた、目を見張るほどに巨大な建造物は世界各地に点在しているが、その中でも特に有名なのがエジプトのギザの砂漠にある三大ピラミッドだろう。

ピラミッドの語源は、ギリシア語で三角形のパンを意味する「ピューラミス」(πυραμίς; pyramis)ともいわれるが、現在、英語で「角錐」の意味も持つピラミッド(Pyramid)は文字通り、角錐状の建造物。エジプトのほか、中南米にもメソアメリカ文明のピラミッド様建築、例えばアンデス文明やマヤ文明のピラミッドがあり、それらの多くは階段状のいわゆる階段ピラミッドとよばれる形のものが多く、エジプト国内に118基あるといわれるピラミッドの中にも階段ピラミッドや、屈折ピラミッドと呼ばれる途中で角度の違うピラミッドもあるが、それぞれクフ王、カフラー王、メンカウラー王のものとされる「三大ピラミッド」はいずれもはっきりとした角錐の形状をしており、その巨大さもあって、昔から広く知られてきた。古くは、紀元前2世紀にビザンチウムのフィロンが「世界の七不思議」のひとつとして、「クフ王のピラミッド」を選定しており、1865年には江戸幕府の第二回遣欧使節がピラミッドを訪れ、その前で撮影した写真も現存している。


スフィンクスと侍

三大ピラミッドの中でも最大のクフ王のピラミッドは、高さ146.6メートル(現在の高さ138.8メートル)、底辺の長さは約230メートル、200万個もの石を用いて、20万人以上の人々がおよそ20~30年以上かけて完成させたともいわれる巨大なもの。紀元前2560年頃に完成したとされ、このピラミッドを凌ぐ高さの建造物が出来たのは、実に3900年近くも後の14世紀、イングランド東部リンカンシャー州リンカンにリンカン大聖堂が建築され、160メートルの高さを誇る中央塔が完成(1311年)した時のことだ。

その巨大さのみならず、特筆すべきなのがその正確性、精密さだ。「高さで2辺の和を割ると円周率になる」や「底辺の二分の一で高さを割ると黄金率の平方根となる」「ピラミッドの底面積で、四面の面積を割ると黄金率になる」「太陽が真東から昇り、真西に沈む日(春分の日と秋分の日)だけ、ピラミッドが八面体に見える(光の加減により、四面のそれぞれの三角形を二等分にする線が見える)」など、現代の科学技術をもってしても難しいであろう、驚くべき精密さを誇っているのだ。

そんな巨大で、かつ均整採れた美しさを持つ石の建造物だが、実はいまだに正確なことは判明していない。どのような人たちが関わり、どのようにして作られたか、そもそも何のために作られたものなのか。今の様な重機もない時代に、人々がどのようにして石を運び上げ、巨大な建造物を作り上げたのか、そしてそれは何のためだったのか。従来信じられてきた「王墓説」もほかの場所に王家の墓所が発見されたことから否定される傾向にあるといい、「宗教儀式神殿説」「天体観測施設説」「日時計説」「穀物倉庫説」「農民救済の公共事業説」など、色々な新説が唱えられてきたが、物証が乏しい、または反する物証の出土、発見などにより、確たる説となっていない。今も、様々な学者が、色々な角度から検証、研究しているが、いずれも推測の域を出ていないのが現状なのだという。

そんなわけで、今日は「メンフィスとその墓地遺跡 – ギザからダハシュールまでのピラミッド地帯」として世界遺産にも登録されている、エジプト、ギザの三大ピラミッドのある風景を中心に、有名なスフィンクスの風景や他のピラミッドのある風景もあわせてお届けします。

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ピラミッドの風景


スネフェル王の屈折ピラミッド

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